「家族解散まで千キロメートル」浅倉秋成氏
「家族解散まで千キロメートル」浅倉秋成氏
山梨の実家を取り壊し、家族バラバラに転居することにした喜佐一家。元日早々、引っ越し準備をしていると、倉庫から不審な木箱が見つかった。中に入っていたのは、青森の神社から盗まれてニュースになっているご神体ではないか! 犯人は家族の中にいる?
神社の宮司は、明日の例大祭に間に合うように今日中に返却すれば犯人を許すとテレビで語った。残された時間はあと半日。木箱を車に押し込んで北へ急ぐ家族ドライブが始まった。
「家族をテーマに選んだとき、最初に長距離移動を設定しました。車という箱に詰め込まれて長時間、長距離を移動する。自分から望んだわけではないのに一緒にいなくてはならない。これ、家族のメタファーなんですよ。次にこの設定になじむ家族構成やキャラクターを決めていきました。順風満帆な家族では面白くないし、毒親がいるようなエキセントリックな家族にもしたくない。それで、少し変わってはいるけれど、どこかにいそうな普通の家族にしました」
喜佐家の次男で末っ子の周の目に、家族はこう映っている。無責任な父、少し危なっかしいところのある母、口の悪い下品な兄、気難しい姉。会社経営の兄には元地下アイドルの妻がいて、姉にはイケメンの婚約者がいる。周も間もなく結婚の予定。
そんな家族が今、破滅の危機に瀕している。力を合わせて乗り切ろうと、家族は車チームと家チームに分かれて奔走する。しかし、父の姿はどこにもない。
「お父さんは家族に疎まれ、必要とされていないダメな人です。かつて浮気が家族にバレているし、仕事もできない。いつもふらふら出かけていて家にいない。そんなお父さんですから、何かあったときお父さんのせいにしておけば、家族は丸く収まる。倉庫からご神体が見つかったときも、お父さんがやったに違いないと思ってしまいます」
ところが、車が北上し、次々と襲いかかるトラブルに翻弄されるうちに、犯人像が揺れ動く。みんな怪しい。みんな嘘つき。作者が仕掛けたいくつもの伏線が新たな謎を呼び、読者はまんまと騙され続ける。
「卑怯なやり口ですよね(笑)。僕は真犯人がわかっていますから、こんなわざとらしいこと書いちゃって、とか思うわけですが、意味のないシーンはなかったと思っています」
ハラハラ続きのロングドライブの途中で、家族の中に隠れていた問題があらわになってくる。
「『解散』という言葉は、家族がバラバラになる『解体』ではなくて、家族の関係をゆるやかに解くという意味で使っています。解散に至るために、この家族には大騒動が必要だったんです」
盗難劇の真相が明らかになったとき、喜佐家の人々も、そして読者も、「家族って何だろう」とあらためて考えることになる。家族ミステリーを大いに楽しんだ後、読者はふと思うに違いない。
「うちの家族、本当にこれでいいのか?」
(KADOKAWA 1870円)
▽浅倉秋成(あさくら・あきなり) 1989年生まれ。2012年に「ノワール・レヴナント」で第13回講談社BOX新人賞Powersを受賞しデビュー。以後、「教室が、ひとりになるまで」「六人の嘘つきな大学生」「俺ではない炎上」などのミステリー小説を発表。作中にちりばめた小さな伏線を最後に鮮やかに回収してみせ、「伏線の狙撃手」の異名をとる。