何を読もう?と迷ったら 新たな「扉」を開く識者たちの推し本特集
「悩める時の百冊百話」岸見一郎著
読書の楽しみのひとつは新たな世界に触れることだろう。ただ、自分で選ぶとつい好みが出てしまう。そこで、本に関わる人たちの読書体験をヒントに新たな一冊を手にしてみてはどうだろう。今回は識者が「ぜひ」と推し本を収録した4冊を紹介。梅雨のこの時季は読書にうってつけだ。
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「悩める時の百冊百話」岸見一郎著
著者は人生の意味を求めて本を読むため、本にはあちこちに線を引いている。その言葉が何らかの影響を与え、考えるきっかけになるという。だが、読むのは古典や名著ばかりではない。
沢木耕太郎著「深夜特急1」で目に留まったのは<人が信頼に値する能力を持つことを前提として、いきなり彼を信ずる。それが他への信頼である>。香港の屋台である若者に集られたと思ったら、ツケ払いでおごられていたことが分かったシーンだ。沢木は若者を信頼できなかったのだ、とつづる。
大江健三郎の「恢復する家族」からは「仕方がない、やろう!」。著者自身の父親のエピソードを紹介しながら、引き受ける以上は「それがよい」と積極的に引き受けたい、と結ぶ。
「人とのつながり」「与えるということ」「ゆっくり遊んで生きる」「人生は苦である」「死を恐れるな」など11のテーマ別に、本の中の人生を救うセリフや思索を紹介する。
(中央公論新社 990円)
「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」三宅香帆著
「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」三宅香帆著
働いていると本が読めないのは、普通は長時間労働によって本を読む時間が奪われたと考えるだろう。しかし、日本人はずっと長時間労働を課せられており、その中でも戦後の好景気からバブル経済に至るまで、本はよく読まれていたと著者は言う。2000年代以降は書籍購入額は落ちているが、一方で自己啓発書の市場は伸びている。
自己啓発書の特徴は「ノイズを除去する」姿勢にあると本書は指摘する。自分がコントロールできる範囲の行動に注力しようとすることは、アンコントローラブルな外部の社会をノイズとして除去することでもあるのだ。文芸書や人文書といった社会や感情について語る書籍を通して、知らなかったことを知ることは世界のアンコントローラブルなものを知る、人生のノイズそのものとなる。
日本人の仕事と読書の在り方の変遷をたどりながら、仕事以外の文脈を取り入れる余裕がない現代社会を俯瞰する。
(集英社 1100円)
「つながる読書」小池陽慈編
「つながる読書」小池陽慈編
本が「その本の向こう側の世界」への「扉」であるとするなら、本に携わる人たちはどんな「扉」を押したのか。
エッセイストの宮崎智之が若者におすすめするのは、さくらももこのエッセー「ひとりずもう」だ。さくら氏は高校時代、漫画家を目指していたが採用はされず、周囲にもばかにされていた。だが、「誰も私の人生の責任はとってくれない」「私の人生だ」と強く思ったエピソードを紹介している。宮崎は、この本にもっと若い時期に出合えていたらどんなに勇気づけられたか、と語る。
研究者の安積宇宙は金満里著「生きることのはじまり」を挙げ、著者の自分に嘘をつかない生き方に、「私は自分らしく生きていいんだと背中を強く押された」という。
10代にすすめたい一冊を評論家や英文学者ら14人がプレゼン形式で紹介するほか、プレゼンされた本についての対談も収録する。
(筑摩書房 1078円)
「定年後に読む 不滅の名著200選」文藝春秋編
「定年後に読む 不滅の名著200選」文藝春秋編
名著といわれる本には、二読三読に堪えうる深みがある。また年齢を重ねたからこそ発見する魅力もある。
作家・小川洋子が定年後の読みたい一冊に挙げるのはV・E・フランクルの「夜と霧」。初めて読んだ高校生のときは、フランクルの言葉を受け止める余裕がなかったという。小説を書き始めるようになって、心落ち着けて向き合えるようになると、フランクルは自分が被った暴力の残忍さを声高には訴えていないことに気づいた。収容者全員に絶食の懲罰が与えられたある日、彼は収容者たちに、自分たちの過去は永久に確保されていると語り、また自分たちの犠牲に意味を与えようとした。小川は読み返すたびに、収容所で交わされたであろう数々の言葉がすぐ耳元で聞こえてくるように感じるという。
現状を肯定してそこに「遊ぶ」ことの必要性を「荘子」から感じた玄侑宗久、「イワン・イリッチの死」を挙げる島薗進ら各界の識者たちが選んだ名著、鼎談などを収録。
(文藝春秋 1100円)