「火の鳥」手塚治虫作
「火の鳥」手塚治虫作
文芸と漫画を問わず初めて会う編集者に私が必ず聞く質問がある。
「長い漫画史でもっとも優れている作品は何でしょうか」
大抵の編集者が即座に手塚治虫の「火の鳥」と答える。別の作品を挙げた編集者に「『火の鳥』はどうですか?」と問うと「あ、それもあったか」とうなずく圧倒的作品である。間違いなく漫画史山脈に屹立する最高峰であろう。
SFだという人もいる。ファンタジーという人もいる。歴史書ともいわれる。しかしこの作品は、実際にはどのジャンルにもカテゴライズされるのを阻む峻険な峰である。
物語は、火の鳥という不死の生物を中心軸にし、太古の昔から数千万年先の未来へと、行きつ戻りつしながら読者を不思議な世界観の中にいざなってくる。
火の鳥が中心に据えられている以上、テーマは不死のように見える。
しかし何度も読み込んでいくと見えてくるのは輪廻だ。我王やムーピー、ロビタらが、姿を変え、同じ時間を繰り返しながら地球と宇宙の壮大な空間に浮かんでいる。死を終着点としたいのに、死んでも死んでも生まれ変わってしまう無常がここにはある。
文学や漫画では個々の人生の深い部分を捉えることが最上といわれる。しかし手塚治虫はカメラをぐいぐいと引き、宇宙全体の構造をこの漫画一本で説明せんとした。しかも科学とスピリチュアル双方の観点からというのも手塚の底力だ。
判型によるが単行本で11巻から14巻でしかないこの作品は、1954年から1988年、つまり34年間もかけて描かれている。手塚は60年の生涯の大半をこの作品にかけていたのだ。
少年時代と青年時代を戦争で失った手塚は焼け落ちた街の瓦礫と死体の間を歩いて過ごした。その間に醸成されたのが彼の輪廻思想である。肉体の死の後も、人間の生は永遠の時間の中を生き続け、苦しみ続けるという自罰的思想だ。
1989年、胃がんで2度目の入院をしていた手塚は薄れゆく意識の中で何度も「鉛筆をくれ」とうわごとを言ってはまた昏睡した。そして最後は「仕事をさせてくれ」という言葉を残して旅立った。しかし手塚ファンは悲しむことはない。いまトップランナーとして走る若手漫画家の誰かが手塚治虫の生まれ変わりかもしれないではないか。
(講談社ほか複数バージョンあり品切れ Kindle版330円~)