50代で突然の膵臓がんステージ4の宣告をどう受け止めるか
国立がん研究センター中央病院で、週1回の抗がん剤治療が始まったのは8月21日。がん治療と仕事の両立に慣れてきた10月15日の深夜、佐藤君(佐藤優氏)にメールを送りました。
高校時代の親友である佐藤君とは、がんが分かる少し前に40年ぶりの再会を果たし、それ以降、メールのやりとりをしていました。
■治療法は抗がん剤2通りのみ。効かなければ緩和ケア
何かアクションを起こさないといけない。そう考えた中で、佐藤君の顔が一番に浮かんできたのです。メールではがんに触れ、書いていた小説も添付しました。すると10分もしないうちに佐藤君から電話があり、「とにかく会おう」と言われたのです。
佐藤君からは「豊島、何がしたいんだ」。この世に生きた証しを残したいと返すと、即答で「本を作ろう。豊島の体験を後輩に伝えよう」と。私は普通のサラリーマンで、誰も私に興味を持たないだろう。しかし佐藤君は「豊島が窮地に陥った時どう乗り越えてきたかを語ることは、後々、人のために生きてくるんだよ」と言ったのです。