10分も記憶を維持できない人が昨日のことを覚えていた
「母さん、とうとう俺の顔も忘れたんです。介護していてもまるでアカの他人ですよ」
山崎雄二さん(仮名)は言う。認知症になった母親を介護していたが、最近は「あなた、誰?」とか、親戚の叔父さんに間違われるという。
その人が誰かわからなくなることを「見当識障害」という。時間や場所がわからなくなることもそうだ。でも、「わからなくなる」ということはどういうことだろう。
数年前のことである。記憶が10分も維持できない認知症の婦人がいた。子供時代を過ごした実家が好きだというので、施設の責任者と相談して、みんなで実家へ遊びに行くことになった。そこで半日ほど遊んで帰ったのだが、翌朝、その婦人に挨拶すると、「昨日は楽しかったねぇ」と言われたのだ。10分も記憶を維持できない人が、昨日のことを覚えていたのである。
認知症になるとすぐに忘れるというイメージがあるが、忘れたのではなく、記憶しなかった(できなかった)のではないか。私たちでも重要でないことは記憶しないのと同じだ。先ほどの婦人が覚えていたのは、彼女にとってそれが重要な体験だったからだろう。