「ワースト10に入る悪さ」と言われ…粕谷哲さん語る1型糖尿病

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 それは僕がITコンサルタントとして働いていた2012年の春でした。突然、異常な喉の渇きが始まり、2週間ぐらいで体重が7キロ激減しました。身長182センチの僕が55キロまで落ちてしまったのです。多飲により、深夜1時間おきにトイレに起き、日中はまともに歩けない状態になりました。

 当時の仕事は激務で帰宅は毎日のように終電。土日出勤も“あるある”でしたし、食事も不規則。ただ、人間関係は良好で、みんなが仕事に誇りを持って取り組んでいたので激務でもやらされている感は一切なく、実に楽しく働いていたのです。

 自分で症状を調べて、「おそらく糖尿病だな」と思いながら会社の健康診断を受けたら、案の定引っかかりました。健診からわずか2日後に検査機関から「数値が異常だから今すぐ病院へ行ってください」と連絡を受け、検査するとHbA1cという過去1~2カ月間の平均血糖値を反映する数値が13%でした。

 当時はそれが何を意味しているか分かりませんでしたが、今考えると冷や汗が出るほどすごい数値なんです(正常範囲4・6~6・2%)。そこは糖尿病治療で有名な病院でしたが、「ワースト10に入る悪さ」と言われました。

 それから2週間の入院で「1型糖尿病です」と言われても、病名が分かり、それなりの対処をすれば大丈夫だと分かったので、落ち込みませんでしたね。ただ、母親に「体を弱く産んでしまって申し訳ない」と言われた時は、逆に申し訳なくてへこみましたけど……。

 糖尿病といっても1型と2型ではまったく違う病気です。ざっくり言うと、2型は「インスリンは出ているのに血糖値が下がりにくい体になる病気」で、1型は「インスリンが出なくなる、または自分で壊してしまう免疫不全の病気」です。さらにいえば、2型は生活習慣や遺伝に関係があるようですが、1型は原因不明で誰でもなる可能性があって、発症はある日突然なんです。急に膵臓が「今日からインスリン出すのや~めた」となる感じですかね。

 よく、「食事制限が大変でしょう」と言われてしまうのですが、1型の場合は、インスリンの自己注射で血糖値をコントロールすれば、基本的には何を食べてもいいんです。

 ただ、注射は食前に、食べる物の糖質量に見合った量のインスリンを打つ必要があるので、食べようとしていた時間に食べ損なったり、食べた物の糖質量が思いのほか少なかったりすると、低血糖状態になってしまいます。そうなると手が震えだしたり、ひどいと意識を失ったりします。血糖コントロールは慣れるとそんなに苦ではないのですが、いまだにときどき低血糖状態になってます。

■入院中にコーヒーに目覚めた

 僕がコーヒーに目覚めたのは、時間を持て余していた入院中でした。糖尿病でも大丈夫な飲み物がコーヒーだと知り、ひまつぶしになると思って本格的なコーヒー抽出道具一式を買ってきたんです。で、病室に戻ってお店で言われた通りに入れてみたのですが、なぜかとてもまずかった。まずかったことが逆に面白くて、コーヒーにハマってしまったんです。

 と同時に、今回は1型糖尿病だったけれど、この次はすぐ死ぬ病気に突然なるかもしれない……と考えました。というのも、この前の年、2011年は東日本大震災がありました。震災の2カ月後、テント持参で石巻のボランティアに行ったんです。その後も週末を利用して何度も行きました。

 そのうち、行方不明の方々を亡くなったとみなしてお葬式が行われるようになりました。多くの命がこんなに突然なくなる世界なんだと思い、死は身近にあるものだと感じたのです。その経験も相まって、「今の仕事で満足して死ねるか?」という自問自答が始まりました。結局、会社を辞めて紆余曲折の末、現在の形にたどり着いたというわけです。

 病気にはなりましたが、そのおかげでコーヒーに出合い、バリスタの世界チャンピオンにもなれ、糖尿病専門病院で管理栄養士をしていた妻にも出会えたので、病気は悪いことばかりじゃないなと学びました。なってしまったのは仕方がないから、残された道で前向きに生きるだけです。

(聞き手=松永詠美子)

▽かすや・てつ 1984年、茨城県生まれ。大学院卒業後、ITコンサルティング会社に入社し、およそ3年後に1型糖尿病が発症。2013年6月に退社し、アルバイトからコーヒーの世界に飛び込む。コーヒー抽出の世界大会「ワールドブリュワーズ・カップ2016」でアジア人として初の優勝者となる。17年には千葉県船橋市に株式会社Philocoffeaを設立。船橋駅にカフェ「RUDDER COFFEE」を展開。自身の教え子も世界チャンピオンになるなど次世代バリスタの育成にも尽力している。

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