広島1位・黒原拓未の母は毎朝4時から弁当用に3合のご飯を炊いた
黒原拓未(投手・21歳・関西学院大)=広島1位
「亡くなった両親に聞いたことはないけど、たぶん『和歌山の男』という由来だと思います」
笑いながら自身の名前についてこう説明するのは金属加工の工場に勤める黒原の父・和男さん(58)だ。
和男さんが生まれ育ち、末っ子の黒原を含めた3兄弟を育てたのは和歌山県海南市。中学まで軟式野球、高校時代は地元のソフトボールクラブに所属していた和男さんは、就職後もときどき野球やソフトボールに親しんだ。
■散髪がきっかけで野球指導者になった父
23歳のある日、行きつけの散髪屋の店主から「息子が少年野球をしているから、ちょっと見てやってくれへんか」と頼まれたことがきっかけで、日方スポーツ少年団でコーチを始めた。結婚1年目のことだった。
「新婚なのに妻が怒らなかったか? それは大丈夫でした。当時、カフェで働いていた妻は日曜日に仕事があったし、かなり長い間柄でしたから。付き合いだしたのは私が高校生で、妻は中学生の時。出会いは家の近所のプールで、私が友人らと声を掛けたのが始まりです。同じくらいの年と思っていたら、年下で(笑い)。人生初のナンパでした」(和男さん)