ワリエワ騒動とフィギュア界の今後を斬る「ジャンプ競争の流れは変わらない」
佐野稔(日本フィギュア界初の国際大会メダリスト)
五輪期間中、トップスケーターであるワリエワ(15、ROC=ロシア・オリンピック委員会)にドーピング違反が発覚。16歳未満の「要保護者」であることなどを理由に、シングルの出場が認められたが、精神的なダメージも大きく、4位に終わった。トゥトベリゼコーチがフリーの演技直後に叱責したことで非難を浴びた。ワリエワ騒動について、1977年世界選手権で、日本人フィギュア選手初のメダルを獲得した佐野稔氏(66)に聞いた。
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──ワリエワにドーピング違反が発覚しました。
「ショックでした。ドーピングはダメだと言っているのに、懲りない人が多いですね」
──これが影響してか、フリーでは7回のジャンプのうち5度失敗するなど4位。競技後の泣き崩れる姿に非常に重たい空気を感じました。
「ショートは何とか頑張ったと思いますが、それでもトリプルアクセル(3A)を失敗しました。ワリエワさんは今まで試合ごとに世界記録を更新してきた。世界一になる実力を備えて五輪に臨みましたが、やはりドーピング騒動が大きな障害になったと思います」
──ワリエワは、16歳未満の「要保護者」ということもあり、出場が許可されました。
「今はSNSやネットニュースを通じて、世界中に情報が拡散される時代。騒動が過熱する中で出場したことにより、ワリエワさんは精神的に傷つき、ガタガタになってしまったのではないか。出すことが15歳の少女にとって最善なのか、出さないことが最善だったのか、判断しづらいですけど、出さないほうが将来的に彼女のためになったかもしれないともいえます。今後、復活できるかどうかわからない状況かもしれません。嫌な決着になりましたね」
ワリエワの選手生命には大ダメージ
──ワリエワは今後、表舞台から消えてしまうのでしょうか。
「ドーピングの問題がシロかクロかハッキリしないですけど、報道などを見ていますとクロになりそうな気配があります。今後、彼女がどうなるかはまだわかりませんが、選手生命という点では大きなダメージがあるのは間違いないですね」
──ワリエワらロシア勢を指導するトゥトベリゼコーチが、ワリエワの競技後、いきなり叱責したことが批判されました。
「私自身コーチをやる立場として、良くなかったところを指摘するのは仕事。いつも通り、やったことだと思いますが、この騒動の中ですから15歳の少女に配慮が足りなかったのかなと思います」
──銀メダルのトルソワがコーチの出迎えを拒否する一件もあった。
「たまたま、彼女が指導する選手3人が五輪に出た。ただ、チャンピオンになるのは1人だけ。みんな一緒に頑張ろうという気持ちもあるかもしれませんが、選手同士の駆け引きというか、そういうものも出てくるでしょう。全員を取り持つのは大変だろうと思います」
シニアの年齢制限を引き上げるべき
──トゥトベリゼコーチは実績がある一方で、摂食障害になる選手が出たり、選手の若年化が加速。2018年平昌五輪でザギトワが15歳で金メダルを獲得しましたが、今大会は代表入りできなかった。「使い捨て」するような非人間的な手法を疑問視する声も出ています。
「女子のフィギュア選手は体重との闘いが一番つらいんです。年齢とともに体形が変化する中で、余分な脂肪を落としながら筋肉をつけないといけない。ただ、勝つことを考えると、いかに4回転を跳べるかという流れに移行しています。ザギトワさんは4回転がなくても勝てましたが、今は勝てません。トルソワさんなんて、あの(スリムな)体形で後半に4回転ルッツを2回も入れている。男子ですらやっていないことを女子はやっている。ルール上、4回転を跳ぶことが『点数を取る』一つの手段であるわけですから、選手はつらいわけですが、ジャンプの回転数を増やす流れは変わらないと思います」
──行き過ぎたジャンプ競争、勝利至上主義に歯止めをかけるにはどうしたらいいでしょうか。
「難しいところですけど、ISU(国際スケート連盟)では以前からシニアの年齢制限を15歳から17歳以上に引き上げようという論議は行われています。より人間的なルール作りは必要だと思いますけど、ただ、それだけで一気に流れが変わることはないでしょう。ロシアの先生(指導者)たちは、『年齢制限が17歳、18歳になっても我々は強い』と言っています。実際、シェルバコワさんは17歳で4回転を跳び、金メダルを取っている。ルールの中で勝つための努力をするのが人間ですからね。ただし、年齢制限が上がることで、より熟練したスケーターが出てきたり、選手寿命が延びる可能性がある。私は、年齢制限を設けるべきだと思いますね」