R&Associates代表取締役 香月良仁(3)父の死がプロ入りへ背中を押した
「肘がぶっ壊れてもいいという覚悟でした。そこで見せ場をつくれたからこそ、プロの目に留まったのだと思います」
同年秋の日本選手権、翌2008年の都市対抗野球に出場し、ドラフト6位でロッテに入団した。しかし、16年に退団するまでのプロ生活は「苦しかったイメージしかない」という。
「努力だけではどうにも太刀打ちできない怪物たちが全国から集まってくる。埋まらない溝に挫折しそうになったり、奮い立ったりする繰り返しでした。ひたすらチャレンジを続けたら、いつかは追いつけるかもしれないけど、それがいつ実を結ぶか分からない。見えない部分を信じるのはすごく苦しい。僕は考えすぎる性格なので、余計にしんどかった」
■ファン感で左足首故障
プロ7年目の15年は救援として自己最多の40試合に登板し、1勝1敗、防御率2.92と飛躍を遂げた。だが、初冬のファン感謝祭でアクシデントに襲われた。選手が横一列になり、ファンとキャッチボールしていた時だった。大きく横にそれた球を取ろうとした瞬間、足元のコーンを踏んづけてしまった。