「産声が消えていく」太田靖之著
戦後日本の出生数は、第1次ベビーブームの1949年の約270万人をピークに、途中第2次ベビーブームを挟んで漸減し、昨2020年は過去最低の約87万人。こうした出生数の低下に伴い、産婦人科を志望する医師も減少している。産科医のなり手が少ない要因としては他にも労働条件が過酷、訴訟リスクが高いなども挙げられている。産科の現場を舞台にした本書には、産科医療崩壊の実態が生々しく描かれている。
【あらすじ】菊池堅一は医師国家試験合格後、医局に入局せずに、誰もがいつでも受けられる医療をモットーとする医療法人、中部希望会総合病院産婦人科の研修医となった。同科の常勤医は春日井部長と卒業後6年目の夏目の2人のみ。産科医不足は既定の事実だった。しかし医師不足は想像以上に深刻で、現場の最前線は医師・看護師の個々の献身的な努力によってかろうじて支えられていた。
ところが、院長と対立していた春日井部長が退職し夏目との2人体制になってしまう。さらには夏目までが精神に異常を来し、ついに菊池1人に。おまけに看護師たちからも不満続出で、まさに崩壊寸前。
そんな折、ある妊婦の分娩に立ち会っていた菊池のもとに急患の手術要請が舞い込む。分娩は順調そうなので手術に向かうが、その間に妊婦の状態が急変。戻った菊池は帝王切開して赤ん坊を取り出すが、障害が残ってしまった。障害が生じたのは他の患者を優先して処置が遅れたからだと訴えられる……。
【読みどころ】著者は名古屋の病院で産科医長として勤務した後、現在はフリーの産科医として全国を飛び回っている。現役医師ならではの精緻な描写が、医療崩壊の実情をリアルに伝えてくれる。 <石>
(祥伝社 755円)