タイ生まれ、日本育ちの写真家の半生
同じカメラを使うのでも写真と映画は違う。昔は「岩波写真文庫」でルポを撮り、CMや劇映画のカメラも回した長野重一のような人もいたが、専門分業が進んでから兼業の話はめったに聞かない。
そんななかで写真家の半生を別の写真家がドキュメンタリー映画にした作品が先週末から公開中だ。小林紀晴監督の「トオイと正人」である。
題名を聞いてぴんときた人もいるだろう。写真家・瀬戸正人は1953年にタイで生まれ、8歳で日本に移るまで自分が半ば日本人とは知らず、福島の阿武隈川ぞいで写真館の息子として育った。父は戦時中に出征し、ラオスで終戦を迎えた元陸軍軍曹。捕まれば処刑と恐れてタイに逃げ、現地のベトナム人集落に溶けこんで家庭も構えた人だった。
そんな父の数奇な生涯と、タイ名「トオイ」と日本名「正人」の間で揺れる自身の意識をつづったのが98年に出た瀬戸正人「トオイと正人」(朝日新聞社 版元品切れ)だ。
実は、映画化の話を聞いたときは仰天した。東南アジアの風土を描く独特の粘性流体のような瀬戸の文章は、とても映像にできないと思っていたからだ。監督の小林紀晴は正反対に、あっさりした日本の雨粒のような素直な感性でさまざまな対象と方法を試す写真家。アジアの旅の写真集が多いが、自分とは違う世界への好奇心と向学心を全開にできるからだろう。
映画は近ごろのドキュメンタリー作品に多いノーナレ型のミニマルな方法とは逆に、朗読やナレーションや劇伴も入る一見、普通の作り方。そのくせ他人の警戒心を自然に解くのんびりした瀬戸の福島なまりなどは慎重に外されて観客を油断させない。
小林の旧作で写真家・古屋誠一とその妻を追った「愛のかたち」(河出書房新社 1155円)と比べると、世界の見え方がまるで違ってくるのを感じるのである。 〈生井英考〉