ナイチンゲールから鈴木敏夫まで!自伝本特集
「唐突ながら ウディ・アレン自伝」ウディ・アレン著、金原瑞人、中西史子訳
一年の計は元旦にありと意気込んだのも、もう3カ月前。「また今年も三日坊主だった」「抱負を何にしたか忘れてしまった」というのも無理はない。そこで今回は、先人たちの生き方を学べる自伝本5冊を紹介。年度のスタートになる4月、ここからリスタートするのはいかがだろうか。
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「唐突ながら ウディ・アレン自伝」ウディ・アレン著、金原瑞人、中西史子訳
1935年生まれの著者。5歳まではかわいく元気な子だったのに、皮肉ばかり口にする不機嫌な少年になったと母は言う。少年時代は楽器とマジックに没頭。そんな冴えない少年は、高校時代からコメディアンにギャグを提供する仕事を始め、自らも舞台に立ち、スターの階段を駆け上がってゆく。
彼を巨匠の域に押し上げた映画「マンハッタン」(監督・脚本・主演)は、幸運の産物だった。印象的なのはニューヨークの空を彩る花火のオープニングシーン。これは、別シーン撮影中に花火大会の開催を聞き、すべての予定をキャンセルし、奇跡的に収められた映像だという。
過去の児童性的虐待疑惑が#MeToo運動で再燃してしまい(著者いわく事実無根)、一時出版中止になったことで注目を集めた本書。「ぼくは人々の心や頭のなかで生き続けるよりも、自分の家で生き続けたい」という最後の一文が切ない。 (河出書房新社 3630円)
「読書道楽」鈴木敏夫著、柳橋閑構成
「読書道楽」鈴木敏夫著、柳橋閑構成
著者が中学3年生のとき、クラスに河内くんという生徒がいた。彼は「先生はサルトルについてどう思いますか」と聞き、国語教師の言葉を詰まらせる。
当時の著者が読みふけっていたのは、「赤毛のアン」に吉川英治の「宮本武蔵」など。同級生が哲学について持論を述べているのを聞いて焦った著者は、慌ててサルトルを買いに行く。何を買ったかは忘れたが、読み通せなかったのは覚えているという。
石坂洋次郎の「あいつと私」に強烈な憧れを抱いて慶応大学では、文学同人誌を制作しながら学生運動を体験。右翼にも左翼にも息苦しさを感じていた著者の支えになったのは、尾崎士郎の「人生劇場」だった。どちらか一方にコミットせず、“時代を観察する”という姿勢が、その後、アサ芸やアニメージュ、ジブリへと続いたように感じると振り返る。
スタジオジブリプロデューサーの人生を導いた8800冊の蔵書を振り返る読書録。 (筑摩書房 2200円)
「長谷川町子 私の人生」長谷川町子著
「長谷川町子 私の人生」長谷川町子著
幼少期の著者が好きだったのは、やはり絵を描くこと。家に泊まりに来た大人が悲鳴をあげるほど観察し、子ども用ノートを1日に4、5冊描きつぶすほど熱中したという。
女学校1年のときに父が他界。悲嘆の底から奮い立った母は、娘の絵の才能を伸ばすために一家揃っての上京を決意した。憧れの漫画家・田河水泡に弟子入りして住み込みで修業。すぐに天才少女漫画家と話題になったが、11カ月目にホームシックになり、修業を断念してしまう。
やがて父の遺産が底をついても、母は「おまえは立派な天分を持っている」と著者を励まし、自由を通させた。母への感謝を胸に漫画に打ち込み、新聞連載を勝ち取る。
軌道に乗ったかに思えたが、大東亜戦争が勃発。郷里、福岡へ疎開し、漫画の舞台から遠のくことを余儀なくされる。幼少期を過ごした百道海岸を散歩し、楽しい構想をしては描きつぶす日々。浜で得たアイデアはやがて「サザエさん」になる。
サザエさんの髪形は途中で変えたかった、実はサザエさんは両利きなど、国民的アニメのトリビアも知れる一冊。 (朝日新聞出版 2530円)
「ナイチンゲール 『空気感染』対策の母」向野賢治著
「ナイチンゲール 『空気感染』対策の母」向野賢治著
名家に生まれたナイチンゲールは、語学や音楽などさまざまな教育を施されたが、とりわけ関心を寄せたのは数学だった。20代で人に教えるほどになり、30代では統計学のとりこになるほどの数学的才能は、やがて医療へと向かう。社交界で活躍してほしいという母の思いに背いてまで看護の道を選択し、医学関係の資料を渉猟した。
「看護について感傷的な目で見ている女性は使い物にならないどころか、それ以上に有害です」という言葉を残しており、白衣の天使というイメージからはほど遠い厳格な人だったことがわかる。
彼女が赴いた戦地には、敵だけでなくコレラとの戦いがあった。まだ看護という言葉もなかった時代に、空気感染を重視し、「看護の第一原則は屋内の空気を正常に保つこと」と説いた彼女。集団感染を防ぐために病院の感染マップも作成し、病床が過密すぎることが問題であると鋭く指摘した。約170年経った現在のコロナ対策と共通する彼女の看護哲学。「ナイチンゲールの感染対策の思想」が今こそ必要だ。 (藤原書店 2970円)
「ポワロと私 デビッド・スーシェ自伝」デビッド・スーシェ、ジェフリー・ワンセル著、高尾菜つこ訳
「ポワロと私 デビッド・スーシェ自伝」デビッド・スーシェ、ジェフリー・ワンセル著、高尾菜つこ訳
著者はシリアスな演技が売りの性格俳優だった。そんな彼に、滑稽な人物として演じられてきた“名探偵ポワロ”の依頼が来たことは驚きはしたが、役作りを通してこれまでのポワロ像が間違っているのだと確信する。「役者は作家の忠実な僕であるべき」という信念を持ち、原作者アガサ・クリスティが描きたかった深い人間性を追求。33の小説、50を超える短編などすべてのポワロ物を読破し、「キャラクター・ノート」を完成させた。「よくお辞儀をする」「紅茶やコーヒーには角砂糖を4つ、ときには3つ入れる。まれに5つのときも!」のように93項目を、5枚の紙にまとめたもので、巻末に収録されている。
あるロケの休憩中に1人で散歩をしているとき、地元の貴婦人から「ムッシュ・ポワロ。何か殺人事件でも?」と声をかけられた著者。そこで「メ・バカンス、マダム。ここへは休暇で来ております」と即座にポワロ風に返答。ポワロが現実世界に訪れた瞬間だった。
(原書房 2970円)