リスキリング時代の遠回り

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「東大8年生」タカサカモト著

 岸田政権肝いり事業の「リスキリング」(学び直し)。しかし、ユニークな東大卒業生たちの手記には人生の遠回りこそ真のリスキリングであることが示されている。

  ◇  ◇  ◇

「東大8年生」タカサカモト著

 鳥取の高校から東大に入学したが、どことなく都会になじめないままでいたのが若き日の著者。

 何の気なしに履修した科目の教授から「自分の時間を生きればいい」というアドバイスをもらい、心のおもむくまま自由人として生きる道に踏みこむ。休学をくりかえしながらメキシコで暮らし、屋台のタコス屋で働きながら8年かかって東大を卒業。

 しかし、そこで終わらない。今度はユーチューブで見たネイマールのプレーに惚れ込み、メキシコで出会った婚約者とともにブラジル行きを企てる。

 飛び込みで訪れたサッカーのサントスFCで日本向けの広報事業に携わる縁を得たものの、ビザを取得できず故郷の鳥取からリモートで仕事に参加。そのかたわら小学生から高校生までの寺子屋を運営し、来日するブラジル人選手のサポートを請け負う仕事が舞い込んでくる。

 いま30代後半で1児の父になった著者の人生はまことにめまぐるしい。本書もページをめくるたび、唐突に新しい土地や人の話が始まる。失敗もポジティブにとらえ、向こう見ずなことにチャレンジする前向きな姿勢。

 海外に出る日本のサッカー選手たちを語学、そのほかでサポートする「フットリンガル」事業の経緯を知ると、遠回りに見えたすべてが新しい人生の可能性につながっていることがよくわかる。

(徳間書店 1760円)

「千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話」済東鉄腸著

「千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話」済東鉄腸著

 既にあちこちで話題になった本。書名どおりの中身で31歳になる今年まで千葉と東京からほとんど出たこともなく、ルーマニア語で小説を書いているといっても、ルーマニアには行ったことがない。

 そんな話をリスキリング(学び直し)といえるのか? という疑問が出るかもしれない。

 実は著者はクローン病という難病をかかえているため海外旅行もままならない身の上。しかしSNSを駆使して、かたっぱしからルーマニア人の知人や友人をつくる行動力に加え、文章を読むとやや大言壮語の癖があるらしい。

 だが、リスキリングにはこれが大事。つまりユーモアまじりに見えを張ることで自分を励ますのだ。そのコツが本書ではよくわかる。内向的で考えすぎと称する著者は対人関係が苦手。しかし、それゆえにキーボードを介してなら自虐も自慢も自由自在。おまけに外国語でも辞書を頼りにゆっくり自分のものにできる。要するに自分が苦手だった対人関係を、ネットの力を借りて身に付け直したという体験談なのだ。

 その意味でまさに現代的なリスキリングの好例ともいえるだろう。

(左右社 1980円)

「声優、東大に行く」佐々木望著

「声優、東大に行く」佐々木望著

「AKIRA」の鉄雄、「ガンダム」のハサウェイなど数々のアニメで大きな実績をあげてきた人気の声優。ある日、急性声帯炎で発声に支障をきたしてしまう。仕事はセーブしなければならない。半ば偶然のきっかけで声優の道に入った著者は演技や発声の基礎から学び直すことを決意。ある程度回復したところで、大学で本格的に学問をすることを決意する。

 ユニークなのはそこで「せっかく行くのなら、東大に行きたい」と思ったこと。それが2011年5月、44歳でのこと。以後、声優の仕事をしながら独学でおよそ1年半余の受験勉強を経てついに合格! そこまでの勉強術を包み隠さず記したというのが本書だ。

 いやあ、ちょっとしたオジサン版ビリギャル本という感じだが、もともと病気療養中に英検1級を取得するなど好奇心に支えられた向学心豊かな人柄だけに、いろいろな寄り道をも楽しみながら、日ごろのペースを崩さずに勉強に励んだことがわかる。

 これぞオトナのリスキリングという見本のような手記だ。

(KADOKAWA 1650円)

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