ユーモアとおおらかさに満ちた「異郷」の作品群
グローバル化による個性喪失が最も進んだ分野は映画じゃないかと思う。中国だろうがインドだろうがもはやハリウッドと代わりばえもせず、多様性など空念仏。つい20年ちょっと前まで、映画祭には「異郷」の作品がもっとあったはずなのに、と思う。
今週末に始まる「再発見! フドイナザーロフ ゆかいで切ない夢の旅」はそんな時代に異郷の夢見を思い出させる貴重な機会になりそうだ。
バフティヤル・フドイナザーロフはタジキスタン出身の映画監督。1991年、26歳のときに「少年、機関車に乗る」でデビューし、2年後の「コシュ・バ・コシュ 恋はロープウェイに乗って」でベネチア国際映画祭の監督賞を得た。旧ソ連時代にモスクワの映画学校に学んでいるが、演出のセンスは「バグダッド・カフェ」のパーシー・アドロンあたりに通じる風通しのよさ。とぼけたユーモアと肺活量豊かなおおらかさが、エキゾチシズムを超えた共感を誘い出す。「コシュ・バ・コシュ」の有名なロープウエーのゴンドラ上のラブシーンなど、若々しい躍動感に自然に笑みがもれるのを感じるのだ。
ただし92年に彼の母国では内戦が起こり、ベルリンに逃れたのちに「ルナ・パパ」(99年)などを送り出すも「海を待ちながら」(2012年)の3年後、50歳を目前に病で客死した。タジキスタンはトルキスタンの一部だが、中東とは違うイスラム圏出身の貴重な映画的個性だっただけに残念でならない。
エリノア・ラティモア著「トルキスタンの再会」(平凡社 2750円)は1世紀前の1920年代、アジア史学者の夫との新婚旅行でトルキスタン行きを選んだアメリカ女性の見聞録。先発した夫を追って単身シベリア鉄道で現地入りし、インドまで旅しながら闊達な観察眼で心ゆくまで異郷を味わう。その明朗さが、えもいわれずいい。
〈生井英考〉