“バービー美人”の若妻が白人至上主義結社を組織
「ソフト/クワイエット」
ホラー映画が苦手で困っている。昔ならホラーはマイナーでB級だったから、敬遠してもたいして影響はなかった。だが、いまやホラーは主流のジャンル。おまけに世の中は猟奇殺人や陰謀論であふれ返り、それらをことごとくホラー映画が題材にしてしまうのだ。
というわけで今週末公開の「ソフト/クワイエット」はまさしくそんな時代の一作。ジャンルは言わずと知れた(?)サイコホラー。平凡なアメリカのスモールタウンに住む“バービー美人”の若妻がナチの優生思想にかぶれ、白人至上主義結社を組織するという話である。その名も「アーリア人団結をめざす娘たち」。
アーリア人はインド・ヨーロッパ語話者の総称だが、ナチが北欧系の人種賛美で「アーリアン」を多用した歴史がある。現代英語でこの語は、事実上ナチの含意を免れない禁句なのだ。
とはいえひと昔前ならこんな設定は「サタデー・ナイト・ライブ」でパロディーにされるのがオチだったろう。ところがいまや不気味なアクチュアリティーで迫り苦笑さえ凍りつかせてしまう。
感心するのは(というのもヘンですが)主演の女優たちのキャスティング。リーダー格の若妻役をはじめ、それらしい風采の俳優を集める手腕でハリウッドはいまだ一日の長がある。ちなみにこれが長編デビュー作になるベス・デ・アラウージョはラテン系の女性。いわば被差別の側が差別者の内面に入りこむかたちで、狂信的な白人至上主義の主観世界を内側から照らし上げたのである。
ユリア・エブナー著「ゴーイング・ダーク」(左右社 2530円)は欧米各地のネオナチや極右団体に潜入取材したユダヤ系女性活動家のルポ。そこに描かれた「伝統的夫婦観」を奉じる「トラッドワイフ」たちの会話が、映画と酷似して心底怖い。 〈生井英考〉