ハイブリッド戦争
「目に見えない戦争」イヴォンヌ・ホフシュテッター著 渡辺玲訳
サイバー空間を利用しての心理戦、神経戦とリアルな軍事をまぜるハイブリッド戦争が現代の戦いだ。
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「目に見えない戦争」イヴォンヌ・ホフシュテッター著 渡辺玲訳
ハイブリッド戦争の特徴は砲火を交える野戦や海戦だけが戦争ではないこと。デジタル空間を利用し、SNSでニセ情報やフェイクニュースを流すなどは諜報活動の初歩。それを現代の最新テクノロジーで実行しているだけだ。
だが、そのコストが低く、瞬時に大量の誤情報を拡散できるのは現代ならではだろう。本書はドイツ出身で米テック企業の役員も務めたビッグデータ専門家が「デジタル化に脅かされる世界の安全と安定」(副題)の現状を論じる。
特に、本書はヨーロッパからの視点がわかりやすく示されている点に特徴がある。たとえば、ヨーロッパの団結は「かつて普通で当たり前だったことの一つ」という。EUやNATOといった欧州の同盟は一枚岩としてアメリカやアジアの極と対抗する安定性を持っていた。ところが、2014年のロシアによるクリミア併合以来、この考え方は不動ではなくなった。これによってドイツは100万人を超える難民を受け入れることになり、それが人心の動揺とネオナチの台頭を許し、さらに東欧のEU加盟国の間に「非リベラルな民主主義」という考えを広めた。まさに、戦争は武力だけでない時代なのだ。
(講談社 2200円)
「サンドワーム」アンディ・グリーンバーグ著 倉科顕司、山田文訳
「サンドワーム」アンディ・グリーンバーグ著 倉科顕司、山田文訳
話題のハイブリッド戦争は、もともとロシアの国防相が提起した概念だという。内容はこれまでどおり兵器を駆使した軍事的手段による闘争にくわえて、デジタル空間を舞台とする情報戦や世論に対する心理戦などを織りこむこと。後者の任務を受け持つ「ロシア最恐のハッカー部隊」(副題)が、サンドワームだ。
ワームは「風の谷のナウシカ」に出てくる王蟲と同じ。もとはといえば映画にもなったSF小説「デューン/砂の惑星」に出てくる砂漠の巨大生物のことだ。ロシアのハッカー秘密部隊で初期のウイルスを開発したのはどうやらSFオタクだったらしい。
本書は、ウクライナのハッカーから通信会社のセキュリティー担当になったヤシンスキーが何日もかけて正体を暴いたところ、まさにSF小説に由来するロシア発のウイルスが続々と発見された話から始まる。時あたかもクリミアやドンバスへのロシア軍の侵攻と相前後しての話。
ほか、エストニアやジョージアなど周辺諸国の状況や、ロシアべったりのベラルーシがデジタル世界でも対ウクライナ攻撃の足掛かりになっている実態を余すところなく伝えている。
(KADOKAWA 1870円)
「中国の政治戦」ケリー・K・ガーシャネック著 壁村正照訳
「中国の政治戦」ケリー・K・ガーシャネック著 壁村正照訳
最近話題なのが孫氏の兵法を範とする中国の三戦。「心理戦、世論戦、法律戦」つまり、戦わずして人心を動揺させる兵法だ。これが「政治戦」。著者は元アメリカ海兵隊将校でタイの士官学校で教壇に立ったほか、台湾やオーストラリアでも安全保障研究にたずさわった立場。実は、政治戦は中国独自のものではない。
かつて米専門家も「戦争以外のあらゆる手段を国家の指揮下で使用する」ことと定義した。冷戦下で米国がソ連に繰り広げたのは政治戦だったのだ。
いま、中国の策の特徴は中国の自己保存に限らず、「中華帝国」の存在感を遠隔地にまで広げること。たとえばアフリカへの中国の進出ぶりは知られているだろう。冷戦終結以来、政治戦から離れた米国への警鐘でもある。
(五月書房新社 3960円)