ニッポン経済のあえぎ
「インフレ・ニッポン」大塚節雄著
物価高と安月給の板ばさみにあえぐニッポン。このまま二等国への転落なのか?
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「インフレ・ニッポン」大塚節雄著
昨冬の初め、食品から家電まで多くの消費財の価格が一斉に値上がりした。実に数十年ぶりの値上げラッシュだ。
しかし、これまでの長期にわたる日銀の低金利政策で預金の金利はないに等しく、給与も上がった実感がない。急激な物価上昇と円安の背景は何か。
本書の副題は「終わりなき物価高時代の到来」。よからぬ予感を促すことばだが、暮らしの安定をもたらす根本的な解決策は「それなりの賃金上昇が当たり前のように続く国」になることという。日本は米英独仏伊韓の主要先進国のなかでただ一国、名目賃金が20年も上がらない体たらくだったのだ。バブル破綻後の不良債権処理の年月のあと訪れた緩やかな景気回復機運もリーマン・ショックで吹き飛び、アベノミクスも功を奏さない。
現役の日経記者による本書は正面切った日銀批判こそ避けるものの、黒田前日銀総裁の財務官時代までさかのぼって黒田氏の「信念」の由来を検討。さらに、日銀と二人三脚だった安倍政権が金融緩和を政治的カードとして利用した可能性も指摘。財政と金融の政策協調が明確にならず、黒田日銀の最後の混乱ぶりも臆せず明らかにする。
著者は「後付けの理屈」と断ったうえで黒田日銀と前任の白川日銀の「順番が逆だったら」との想像もたくましくする。逆にいえば、それだけ岸田政権と植田日銀の今後を言い当てるのは難しいということだろう。
(日本経済新聞出版 1980円)
「日銀の責任」野口悠紀雄著
「日銀の責任」野口悠紀雄著
ちょうど1年前の2022年6月、世界の競争力ランキングで日本は63カ国中34位。「ビジネス効率性」の項目では51位にまで落ち込んでいることが明らかになった。日本企業はアフリカやモンゴルの企業とほぼ同列になってしまったのだ。
そう嘆く著者は、日本経済のご意見番を自負する経済学者。いつものように「日本のカイシャはもうダメか」と厳しい直球を投じる。現在の物価高の「半分は円安による」が、その間も日銀はかたくなに金融緩和を続行。それは大企業への補助金と同じである半面、一般の労働者にとっては消費税率が上がったも同然だった。いわば、インフレ税である。
それは、低所得層にも負担を課す「最も過酷な税」だとズバリ。急激な円安にもかかわらず、黒田日銀が金利抑制策をやめる気配すら見せなかったのは、物価の安定や賃金の上昇が目的ではなく、「低金利と円安」それ自体が目的だったからだともいう。
(PHP研究所 1155円)
「ドキュメント 通貨失政」西野智彦著
「ドキュメント 通貨失政」西野智彦著
急激なインフレに慌てふためく日本。本書は戦後経済史のなかで「最悪のインフレ」といわれた1970年代を振り返り、丁寧に検証する。
引き金になったのは、米ドル紙幣と金の兌換を一時停止する「ドルショック」。その直前まで日本経済は世界第2位のGNP(国民総生産)を誇り、輸出攻勢を強める産業界は、さらに上を目指そうとする野心を隠さなかった。
他方の米国は、文化も経済体制も違う日本には「先制パンチ」を打たなければ十分な通貨切り上げ策も実施しないとみていた。「ニクソン・ショック」とも呼ばれたこの衝撃的な措置が明らかになったとき、日銀も大蔵省(当時)の役人たちもお盆休み明けでのんびりした気分に浸りきっていたという。
そこへ飛び込んできた大ニュースに日本はどう対したのか。当時、外相だった大蔵官僚出身の福田赳夫は蔵相時代に噂を耳にして顔色を変えて円切り上げ阻止を説いたが、後任の水田三喜男は「様子見」を決め込んだ。もろもろの経緯が重なって日本経済は失策のワナにはまってゆく。
(岩波書店 2750円)