成田龍一(歴史学者)
7月×日 「週刊少年ジャンプ」に連載中のマンガ、雲母坂盾作「ドリトライ」の打ち合わせのために集英社に。「ドリトライ」は、敗戦直後の東京で、主人公「大神青空」少年がボクシングによって、混乱の時期を生き抜いていく物語。戦後社会の様相や人びとの心性を考証するなど、監修に携っている。かつて「あしたのジョー」(ちばてつや作)を読んだ世代の私だが、ボクシング・マンガはその後、大きく推移していることを実感する。それでも、ボクシングには求道的で自己鍛錬的な要素が欠かせず、「ドリトライ」にもそのことが脈打っている。「リトライ」の物語だ。
7月×日 森達也監督の映画「福田村事件」の試写会で渋谷に。ドキュメンタリー映画を手掛けてきた森さんのはじめての劇映画だが、引き込まれて観た。関東大震災の混乱のなか、四国から行商に来ていた薬売りの集団が、千葉県の「福田村」で虐殺された事件を扱う。朝鮮人虐殺をはじめ、社会主義者の虐殺など、公式統計では掲げられない「隠された死」に森さんは目を向ける。1920年代の大日本帝国の秩序のなかで生きる村人たちの心性をていねいに描き、ふつうの人びとが集団となって暴走するさまが、じっくりと映像化される。会場で、旧知の映画研究者アーロン・ジェローさんと遭遇し、こもごも感想を語り合ったが、彼は「民衆」の加害を描いた作品として絶賛していた。同感。帰り着いて、辻野弥生著「福田村事件」(旧版。新版は五月書房新社 2200円)を再読。
7月×日 ジェンダー史研究者・平井和子さんの新著「占領下の女性たち」(岩波書店 3300円)を読む。平井さんは、手堅く資料にあたりながら、「満州」から引揚げの過程での性暴力をはじめ、女性が占領下の男性たち--権力をもつものからの暴力にさらされたことを描き出す。「いけにえ」とのことばをも、平井さんは用いている。歴史のなかの性暴力が描かれるが、この出来事はけっして完了していない。平井さんの著作は、そのことをよく伝える。