「とある家族の物語」田中耕三郎写真・日記、田中成人編著
「とある家族の物語」田中耕三郎写真・日記、田中成人編著
昭和39年1月15日、兵庫県西脇市に暮らす田中耕三郎・八重子夫妻に第2子が誕生。成人の日(当時)に生まれたことから成人と名付け、耕三郎氏はその成長を日々、写真に収めてきた。
本書は、その兄弟を中心にした田中家の記録。
両親亡きあと、実家に大量に残されていたアルバムの写真一枚一枚をデジタルカラー化し、「昭和の家族」と題して投稿している成人氏のSNSの書籍化だ。
写真は、出生19日目、一家そろっての記念写真から始まる。誕生満1カ月には、母親に抱かれ、おっぱいを飲み、満足して、眠りについたところまで一連の写真が並ぶ。布団にくるまれて静かに眠る姿を真上から撮ろうとしたところ、なかなかピントが合わず、息子が起きてしまわないかとヒヤヒヤしながら撮影。おまけに階下では昼食の準備が整っており、なかなか下りてこない夫に業を煮やした妻から「長いこと何をしているんか」とぼやかれたと当時の夫婦のやりとりも書き残されている。
写真には写っていない家族の情景までが目に浮かんでくる。
以降、初めての寝返りや初めての離乳食、初めての一人立ちなど、その成長を慈しむように日々のスナップが並ぶ。
クリスマスイブには、こたつの上のクリスマスケーキにお父さんがナイフを入れる瞬間が、そしてお正月には両親ともに和服姿で、ちょうどお父さんがこたつの上に祝い膳を運んできた瞬間が撮影されている。
あれ? では、この写真は誰が撮ったのだろうかと思ったら、三脚を立て、セルフタイマーで撮影していたそうだ。
となると、耕三郎氏は、クリスマスケーキにナイフを入れたり、祝い膳のお盆をこたつに運ぶ様子をシャッターが下りるタイミングに合わせ、「演技」していたことになる。
そう思いいたると、家族の歴史を残そうという氏の並々ならぬ情熱がひしひしと伝わってくる。
その情熱は、アルバムづくりにも注がれる。残された200冊を超えるアルバムには、写真とともにメモや日記、買ったモノの値段などが丁寧に書き込まれ、新聞の切り抜きなども貼られていたという。時には休日を丸1日アルバムづくりに費やすこともあったと日記にも記されている。
母と子、兄弟、それぞれの日常とともに、家族旅行や海水浴、近所へのハイキングなど、その背景に写る室内や日用品、洋服、そして街中の商店や車など、60年近く前の昭和の日本の日常に懐かしさを覚える人もいることだろう。
昭和42年、成長した成人氏が幼稚園の通園バスに乗り込む写真で本書は終わる。
物心がついてから、家庭があまり居心地がいいものと感じられなくなっていた成人氏は、アルバムを改めて見て「記憶にはなかったが写真の中にはまさに自分の理想とする家族の姿」があり、涙が流れたという。
読後、誰もが両親のことを、そして子育てを終えた世代はあの大変だったけど幸せな時間を思い出すことだろう。
(トゥーヴァージンズ 2420円)