「新世界より」オカダキサラ著・写真
「新世界より」オカダキサラ著・写真
世界は美しい……しかし「優しくはありません」と写真家の著者は言う。問題は次から次へと生まれ、仕事は山積み、人間関係は煩わしく、悩みの種は尽きない。
でも、「同時に、世界には出会いの感動が溢れているのも事実」。「まるで仕掛けられていたかのように偶然が重なる一瞬や、なぜ? と問いかけたくなる『ちょっと楽しい』不思議な場面がどこかに必ずあります」と続ける。
本書は、著者が日常の中で出会ったそんな特別な風景を切り取った写真集。
繁華街の歩行者天国でいきなりサイドフリップを決める若者の横を、表情ひとつ変えず平然と歩く真っ赤なコートの女性。その対比が何とも絶妙で、日常の中に非日常を生み出している。
続くページに写るのはどこか郊外の駅。終点であり、始発駅でもあるその駅は、ゴールデンウイーク中でも閑散としている。しかし、休日出勤なのだろうか、世代も体格も似た男性が4人、背広姿で等間隔に電車を待っている。ホームにいるのはその4人だけで、その規則正しさに、休日の解放感の中にまるで野外劇でも始まりそうな緊張感が紛れ込んでいる。
夏、街中のベンチにでも腰かけているのだろうか、カップルの足元だけを写した作品もある。どちらも軽装なのだろう、生足にサンダル履きなのだが、それぞれが男性用と思われるビーチサンダルを片足ずつシェア。真ん中には女性用のサンダルがなぜか片足分だけ放置されている。
眺めていると、カップルの足同士が仲良くおしゃべりをしているかのようにも見えてくる。
女性のサンダルの片方はどこに行ってしまったのか、その後の2人はどうやってこの場から移動するのか、見ている者の想像力を刺激する。
かと思えば、次のページでは駅の構内と思われる場所で、別れを惜しんでだろうか、カップルが固く抱き合っている。ロマンチックなシーンなのだが、その横の売店では従業員が中腰で作業中で、壁からお尻を突き出すように、その下半身だけが写っている。
高層ビルの壁面を空中ブランコのような椅子に腰かけて窓ふきする職人。地面に垂れ下がるそのロープを、壁面に掲げられた大きなポスターに写るローマ教皇がいたずらするかのように触っているように見える作品もある。
ほかにも、何やらめかし込んだ男の子が母親だろうか女性のスカートの中に堂々と頭を突っ込んでいたり、公園で遊ぶ子どもたちを撮ったら、遊具の穴に後ろにいる男性の顔がすっぽりとハマったかのように写っていたり……。そんな不思議で面白いシーンを収めた100作品を著者のキャプションとともに収録。
私たちの周りにも、きっとこうしたすてきな場面がいくつもあるはずなのにいつもは見逃しているのだろう。それが見つかれば優しくない世界もちょっと生きやすくなるのかも。そう、新世界への入り口は誰にも開かれているのだ。
(クラーケンラボ 3960円)