仏映画「リトル・ガール」が描くジェンダー観…製作陣が込めたメッセージとは
学校教育の一環として子供たちにも見せたい映画が11月19日に公開されます。それは男の子の身体で生まれてきた7歳の少女サシャが、学校でスカートを穿かせてもらえず、男の子からは阻害され、女の子からは「男のくせに」と言われる中で、家族のサポートを受けて自由を得る為に社会に訴え続ける『リトル・ガール』というフランスのドキュメンタリーです。
本作はサシャの母親のインタビューからスタートしますが、彼女は「妊娠時に女の子が欲しいと望んだことが原因なのでは?」と自分を責めたりしながら、学校に友達が居ないサシャの悲しみを受け入れ、目を背けずに改善策を日々、探している姿を映し出していきます。
そんなサシャが「自分は女の子である」と自認したのは2歳を過ぎた頃からであり、ワンピースが大好きで、「彼女」と呼ばれたいトランスジェンダーである我が子が生きやすい環境を作る為に、母親が学校や周囲の大人に説明をしていくのです。
踊ることが好きな主人公は…
本作ではプールや海に入ることも水着を気にして躊躇していたサシャに、母親が可愛い水着を選ぼうとお店へ行くシーンが映し出されるのですが、可愛らしいビキニを気に入ったサシャに水着の上に履けるセットのスカートもあることを母親は教えます。
そんな今となっては当たり前の水着用スカートも実はトランスジェンダーの人にも役立つのだと気付かされたのは、バレリーナを目指す15歳のトランスジェンダーのララの姿を映し出したベルギー映画『Girlガール』(2018)のレオタード姿に時間をかけるシーンの印象も残っているからかもしれません。
そして偶然にも本作のサシャも踊ることが大好きでバレエ教室に通っているのですが、発表会では一人だけ男の子の衣装を先生に着させられてしまいます。
「らしさ」「偏見」に縛られない社会へ
社会には、様々な「男の子らしさ」と「女の子らしさ」をはらんだ色や呼び方が存在し、サシャの通う学校では、校長や担任が「性別が男ならばズボンで登校」という校則に拘り、サシャ親子の願いを却下します。その結果、ひとりの人間の存在を否定したことになり、心を深く傷つけ、その人を愛する周囲の人々をも苦しめるのです。
校則といえば、日本でもひと昔前は当たり前だったランドセルの色は「黒」は男子、「赤」は女子という規定も、2001年の大手メーカーによる24色のランドセルの登場で歴史が変わり、今や好きな色のランドセルを選んで登校して良い時代になっています。
さらに2013年に施行されたいじめ防止対策推進法により、「くん」ではなく「さん」付けの統一を行う学校が増えたことで、呼び方により男女の区別を付けない教育にも繋がっているように感じます。
けれどまだまだ性別による差別やいじめが存在する現代。子供たちが偏見を持たない為には、大人たちが発言や行動にも気を配らなければならず、「自分は偏見などない」と思い込むことが危険であり、日々、意識して行くことが大切な気がします。
そう考えると、ディズニー映画『シュガー・ラッシュ:オンライン』(2018)のラストで、高い所から落ちて行く大男ラルフをディズニープリンセス達が自分達のドレスを使って救い、ラルフがドレスを着たシーンには、「男の子だってドレスを着ていいんだよ」という製作陣から子供たちへのメッセージが込められているのかもしれませんね。