替えがきかない命を紙切れ一枚で決めてしまっていいものだろうか…
元公務員のSさん(68歳)のお話を続けます。4年前、妻のKさん(66歳)に肺がんが見つかり、手術、化学療法、放射線治療を受けましたが、その2年後に脳梗塞を発症し、嚥下性肺炎を繰り返していました。
ある日、肺炎が悪化して入院。Kさんは血圧が下がり、意識がはっきりしなくなり、呼吸が止まりそうになりました。医師から「人工呼吸器を付けるかどうか」を問われたSさんは、「何もせずに安らかに眠ってもらおう」と考えましたが、息子と娘の希望で人工呼吸器をつなげることになったのです。
1週間後には気管を切開して人工呼吸器がつながれましたが、Kさんの意識は戻らないままでした。しかし、肺炎は回復して鎮静剤も減り、2週間後には人工呼吸器が外されました。それでも、Kさんは意識が朦朧としていることが続いたのですが、ある時からKさんに笑顔が見られるようになったのです。Sさんは「もし、妻が『人工呼吸器は付けない』と記した事前指示書があったら、いまこの笑顔は見られなかっただろう」と感謝しました。
肺炎が回復して2カ月後、Kさんはある老人施設に移りました。気管切開した穴も塞がり、平穏な日々が続いています。