患者にとっては負担でも「延命装置」が必要な時もある
そう話す小堀さんも時には大きなリスクをとって、積極的な延命治療を行うこともあるそうだ。
「ある時、民生委員の方から『患者の様子がおかしい』という連絡を受けました。往診に駆けつけると、すでに意識が混濁し死ぬ間際という状態です。急いで娘さんに連絡をしましたが、連絡がつかない。『自宅で母をみとりたい』と希望し、懸命に面倒を見てきた娘です。このまま母親が逝ってしまうと、死に目にも会えずに無念が残るのではないかと思いました」
■その後も家族は生きる
小堀さんは母親の腕を取り、手首に指を当てた。まだ脈があった。
「私は触れる脈を頼りに、堀ノ内病院へ救急搬送することにしました。母親は病院で救急措置を受け、なんとか一命を取り留めたのです。その後、自宅で最期を見届けたいという娘の希望に沿って退院した翌日、自宅で穏やかに息を引き取りました」
救命措置は母親の体を考えれば負担になっただろう。だが、母の死後も生きていく家族にとっては必要なものだった。