ニデック(上)在籍2年のソニーグループ出身・岸田光哉副社長を社長に起用した理由
特に日産自動車の元副COO(最高執行責任者)関潤(62)については、社長に加えてCEO職も譲ったことから本命とみられていたが、永守が首を縦に振ることはなく、22年に退任した。
創業期からの補佐役の小部がショートリリーフとして社長を務めたが、世代交代が進まない状況を不安視する声が社内外から強まっていた。
日本電産からニデックに社名変更した23年4月1日、5人の副社長を指名。このうちの1人を1年後の24年4月に社長に昇格させることになった。
副社長になったのはプロパー社員ではない。全員が中途入社組。北尾宣久(12年入社)と西本達也(同09年)は三井住友銀行出身。大塚俊之(同04年)は埼玉銀行(現りそな銀行)出身。小関敏彦(同18年)は東京大学の副学長を務めた研究者で、永守が理事長を務める京都先端科学大学の副学長に納まっている。
ソニー(現ソニーグループ=G)出身の岸田は、日本電産への入社が22年1月で、社歴は5人の中で最も短い。
選ばれたのは在籍が2年余という岸田だった。岸田は香川県出身で、京都大学教育学部卒業後、83年ソニー入社。生産本部長やスマートフォンの事業子会社の社長などを歴任。赤字だったスマホ事業の立て直しで辣腕を振るった。日本電産に入社すると不振が続く車載事業の本部長として再建にあたってきた。