オリ1位・椋木蓮“遅咲き右腕”を支えた両親の献身「僕は冷たいご飯を食べたことがない」
椋木蓮(投手・21歳・東北福祉大)=オリックス1位
山口・本山小1年生の時、1歳上の兄の影響を受けて野球を始めた。高校までは目立った成績を残していなかったこともあり、「ドラ1」としては遅咲きと言っていい。
今はなき少年野球チーム、本山ベアーズで当時監督をしていた椙田哲也さん(49)がこう語る。
「蓮が小学6年生のころ、同学年の選手は3人しかおらず、3年生まで含めないと試合ができませんでした。だから、僕らは『下級生を助けてやらんといけんよ』というくらいしか教えられなかったんです。そんな環境でしたし、ドラフト1位選手が持っているような逸話がなくて……(笑い)。ずばぬけた選手という印象もなく、どちらかというと兄の舜の方がセンスがあった。『あの蓮がプロに!?』という気持ちです(笑い)」
小学校卒業後は兄の背中を追って中高一貫校である高川学園(山口)に進学。高校2年の夏、背番号「11」で同校史上初の甲子園に出場するも、登板機会には恵まれなかった。この時にエースナンバーを付けた1学年上の山野太一(ヤクルト)と同じく東北福祉大へ進学すると、目覚ましい成長を遂げた。