新庄さんは「人種の壁も1番も面白そうやね」ワインを傾け誓ったアリゾナの夜

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小島克典(元メジャーリーグ通訳)#3

 秋季キャンプの視察最終日も精力的だった。日本ハム新庄剛志監督(49)は10日、ポジションを入れ替えたシートノックを指示。「外野は内野、キャッチャーは外野、相手の気持ちが分かったら、愛情を持った返球になってくる」という。ブルペンでは3年目の吉田輝星(20)の投球をチェック。「めちゃ、速い。オレが現役のときでも打てない」と舌を巻き、本人に「来年から頑張ろう」と声を掛けた。連載の3回目はそんな新庄監督がサンフランシスコ・ジャイアンツ時代に体験したエピソードだ。

  ◇  ◇  ◇

 2002年、アリゾナ州スコッツデールで行われたジャイアンツのスプリングトレーニングの最中だった。

 新庄さんと僕は、ダスティ・ベーカー監督(現アストロズ監督)の自宅に招待された。

 メジャーの首脳陣や主力選手はキャンプ地にセカンドハウスを構えている。ベーカー監督の別宅にはシックでゴージャスな調度品が並んでいた。中でもリビングルームでキラキラと輝く豪華なシャンデリアはひときわ印象的だった。

 そこでベーカー監督はワイングラスを片手にこう言った。

「メジャーのファースト、サード、センターは昔もいまも白人のポジションだ。しかし、それはいつまでも続くものではないと思う。スポーツはみんなのものだ。ジャイアンツは今年、ツヨシをセンターのポジションに据えたい。キミの脚力や守備力を高く評価しているんだ。歴史に名を刻む活躍を期待している」

「一塁、三塁、中堅は白人」

 メジャーでは当時、バーニー・ウィリアムズ(ヤンキース)やケン・グリフィーJr(レッズ)らが中堅を守っていたが、彼らはごく一部の限られたスーパースター。白人以外の選手が中堅のレギュラーになるのは一般的ではなかった。ましてアジア出身者が中堅のポジションを手に入れるケースは皆無。ベーカー監督は新庄さんとともに、そんなメジャーの歴史にくさびを打ち込もうと考えたのだ。

 これはベーカー監督ならではの思いだった。現役時代は強打の外野手。ドジャース時代の1977年には30本塁打をマーク。81年にゴールドグラブ賞を獲得したように、守備もうまかった。それでも守備位置はもっぱら左翼。中堅を守りたかったダスティの夢は、当時は根強く残っていた人種の壁にはね返されてきた。自身の悔しいエピソードを交えながら、打順に関してはこう続けた。

「打順は1番。不慣れな打順かもしれないが、ウチにはボンズ、ケントと左右の主砲が揃っている。なので深いカウントまで粘って、どんな形でも構わないから、できるだけ出塁してもらいたいんだ」

 新庄さんの目が次第に輝きを増していくのがはた目にもわかった。そして帰りの車の中で、こうつぶやいた。

「メッツと違って、ここは温かいチームだ。人種の壁も、1番も面白そうやね」

 前年のメッツ時代、バレンタイン監督の自宅に招待されたことはなかったらしい。まして互いにワインを飲みながら、監督に中堅というメジャーでは重い意味を持つポジションを任せたいと言われたのだ。気分が高揚しないわけがない。

 この年の秋、新庄さんは日本人としてワールドシリーズに初出場、初スタメン、初安打を記録したものの、歴史に名を刻んだだけではない。

■アジア人として初めて

 ベーカー監督の言葉通り、開幕を「1番・中堅」で迎えた。打撃不振から4月下旬に打順は下位に降格したとはいえ、イチローや松井秀喜も手にすることができなかった中堅のレギュラーを勝ち取った。アジア人として初めて中堅の守備位置を手に入れ、「一塁、三塁、中堅は白人のポジション」というメジャーの歴史に風穴をあけた。

「僕がプロ野球を変えていきたい」

 先日の就任会見で、新庄さんはこう言った。「監督ではなく、ビッグボスと呼んで欲しい」とも。就任早々、さまざまな改革案をブチあげているが、その根底にはベーカー監督とともに、150年もの伝統あるメジャーの歴史を変えた当事者としての、確たる自負があるように思う。 =つづく

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