プーチンの黒い野望
「クレムリンの殺人者」ジョン・スウィーニー著 土屋京子訳
衝撃的なウクライナ侵攻から既に1年以上が過ぎた。果たしてプーチンの黒い野望はどこまで拡大するのか。
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英BBC放送の特派記者として数々の問題を追及し、チェチェン、北朝鮮、ジンバブエなどの独裁国家にも潜入取材してきた著者。本書では冒頭から、ウクライナの首都キーウではロシア軍の空襲警報を「プーチンの子守歌」というのだ、と伝える。
いまでこそウクライナ侵攻で不合理極まりない判断の連発といわれるプーチンだが、大統領に就任した当初、西側世界は彼を「合理的なサイコパス」として歓迎したという。歴代のソ連・ロシアの指導者は酒びたりで「いつ核のボタンを押すか、わかったものではない」存在。しかしプーチンは性格異常の「クソ野郎」だが、計算だけはしっかりできると思われていたのだ。
ちなみに著者はブッシュ(子)もオバマもプーチンを買いかぶった点では同罪と見る。さらに直接インタビューしたことのあるトランプについては「すぐ迎合してくる男」とにべもない。トランプはプーチンを気に入っていたことで知られるが、トランプの伝記作家はこの2人をともに自己満足の点で共通性があると見ていた。
何度か落馬で負傷したことのあるプーチンは鎮痛にステロイドを使用している。顔が月面のようにむくんでいるのはそのためらしい。
(朝日新聞出版 2860円)
「プーチン ロシアを乗っ取ったKGBたち」(上・下) キャサリン・ベルトン著 藤井清美訳
英「フィナンシャル・タイムズ」でモスクワ特派員だった著者。本書の原著は2020年に英国で出版されたが、その時は「プーチンが兄弟国に対してこのような無分別な戦争を仕掛けることなど、絶対になさそうだった」という。
1970年代にKGB局員になり、やがて東独ドレスデンの駐在員になったプーチン。現地の秘密機関シュタージの同僚と親しくしながらも心を許さない関係を築く。万事控えめで人に好かれる青年だったプーチンは、その後いかにして独裁者の魂を育てていったのか。
彼はどんな面々と気脈を通じ、盟友と呼べる間柄になったのか。著者はきめこまかな取材をもとに、さながらスパイ小説のように微細な描写でプーチンの人間像に迫ってゆく。
しかしそんな著者にして、プーチンが長年かけて育んだ「被害妄想や恐怖心がウクライナへの本格的な侵攻につながるとは想像もしていなかった」というのだ。
劇的な人間ドラマとしても無類に面白い好著だ。
(日本経済新聞出版 各2090円)
「ウラジーミル・プーチンの頭のなか」ミシェル・エルチャニノフ著 小林重裕訳
元KGBで熱烈なナショナリストのイメージの強いプーチン。本書の著者は彼が矛盾だらけであることを示す。
まずプーチンは保守主義者。無類の愛国者で祖父も父も共産党員だったが、実は本人は共産主義には懐疑的。軍隊をこよなく愛するのに兵士の経験はない。KGBへの忠誠心は強いが、マルクス・レーニン主義のイデオロギーには反発がある。国歌や軍旗はソ連時代のままなのに、国の紋章や国章はソ連時代を廃して帝政ロシアのものを復活させるなどの矛盾もあるという。ドストエフスキーの小説の人物のように「極端な性格」で理想主義かと思うと冷笑的になるのだ。
著者は「哲学の教授資格と博士号」を持ち、プーチンに影響を与えた哲学者などを詳しく紹介。異端の哲学者イワン・イリインに感化され、「力で悪を制する」「強い指導者がロシアを救う」などの考えに凝り固まっているという。
(すばる舎 1980円)