黒木亮(作家)
8月×日 ギリシャやスペインが40℃超の熱波に見舞われ、山火事が起きたりしているが、ロンドンは毎日18~22℃で、肌寒いくらい。昔、友人のシリア人バンカーが「英国の夏は、スコットランドでコテージを借りて過ごすのが一番だよ」と話していたが、確かにそうだなあと実感する。
武田惇志・伊藤亜衣著「ある行旅死亡人の物語」(毎日新聞出版 1760円)を読む。兵庫県尼崎市のアパートで、約3500万円の現金を残し、孤独死した身元不明の高齢女性の人生を2人の記者が追ったルポルタージュ。手がかりがほとんどない中、細い糸を手繰って、身元を特定していく様子が、推理小説の謎解きのよう。
8月×日 家内が所用で日本に一時帰国しているので、毎日自炊中。今日は、「深夜食堂」の主題歌を口ずさみつつ、豚汁をつくる。スーパーに行けば、ありとあらゆる冷凍食品や調理済み食品が売っていて、電子レンジやオーブンで仕上げればいいだけなので助かる。英国人は、成人した子供と同居する習慣がないので一人暮らしの高齢者も多く、かつ料理もあまり手をかけないので、こういう食品が豊富なのだなあと再認識する。
延江浩著「J」(幻冬舎 1760円)を読む。誰が読んでも一目瞭然の有名女流作家が85歳のときに37歳のイケメン男性と出会い、肉体関係を伴う恋愛をしたというお話。ほぼ100%実話らしい。女流作家の生き様や作品なども織り交ぜ、なかなか文学的な仕上がり。
8月×日 庭のリスたちにピーナッツを投げつつ、サンルームで執筆。1年前から来ているメスは、この春、子を3匹産み、5月頃から3兄弟もやって来るようになった。無心に餌を食べる姿に癒されつつ、カラ売りの小説を書く。
新田次郎著「銀嶺の人」(新潮社 上781円 下825円)を読む。世界で初めて女性だけのパーティーでマッターホルン北壁を登攀した今井通子と若山美子をモデルにした山岳小説。最近訪れたマッターホルンの切り立った姿を思い出しつつ、2人の奮闘ぶりに心を震わせる。