心を潤す酒と食の文庫本特集
「もう一杯だけ 飲んで帰ろう。」角田光代、河野丈洋著
一日の疲れをスーッと解消してくれる酒と食事。仕事帰りにお気に入りのなじみの店に寄るもよし、ちょっと良さげな店を開拓してみるのもよし、家で一人晩酌するのも悪くない。今回は、そんな心のよりどころを求める人たちに向けた酒と食の文庫本4冊をご紹介する。
◇
「もう一杯だけ 飲んで帰ろう。」角田光代、河野丈洋著
だしがうまい西荻窪の居酒屋、絶品の水ナスと出合った大阪の割烹、揚げたての品々に心躍る高田馬場の串カツ屋など、作家&音楽家夫婦が、ふたりでめぐった極上の外飲みをそれぞれの視点からつづったエッセー集だ。
たとえば、高円寺の古本酒場「コクテイル書房」。古本屋でもあり居酒屋でもあるその店の壁には、古本がずらりと並んでおり、そこから1冊取り出して飲みながら試し読みすることもできるらしい。原稿用紙に書いてあるメニューには、文学作品中の料理を再現した文士料理もあるのだとか。
この店を角田は飲みすぎても守られているようで楽しい店として、河野は初めて行ったときにすでに知っている気がした店としてつづっている。
その場の雰囲気が伝わってくる描写に、一緒に杯を傾けているような気分になってくる。
(新潮社 693円)
「婚活食堂10」山口恵以子著
「婚活食堂10」山口恵以子著
玉坂恵は、四谷のしんみち通りにあるおでん屋「めぐみ食堂」の女将。元占い師という変わり種だが、男女の縁を見極める力とほっとできる料理が好評で、日々なじみ客がやってくる。
そんなある日、めぐみ食堂の入っているビルのオーナー・真行寺から、小料理屋の女将を目指す桂木日向を、めぐみの店で修業させてもらえないかと頼まれた。日頃から真行寺に恩があるめぐみは、日向を預かることを快諾するのだが……。
人と人との縁をつなげる「めぐみ食堂」を舞台にした人気の「婚活食堂」シリーズ第10弾。今回は、初めて弟子を持った主人公の活躍を寒い季節にぴったりの冬メニューと共に描く。
巻末には、カブとエビのチリ炒め、鯛の兜煮、長ネギとベーコンのクリーム煮など、物語に登場するうまそうな料理レシピ付き。
(PHP研究所 869円)
「晩酌の誕生」飯野亮一著
「晩酌の誕生」飯野亮一著
終電を気にすることもなく、心おきなくマイペースで飲めるのが、家飲みのよさだ。日本人が家飲みを好むのは、江戸時代からの晩酌文化を受け継いでいるからではないかと推測した著者は、多くの史料にあたって江戸っ子たちがどのように晩酌を楽しんだのかを本書で明らかにした。
そもそも晩酌の習慣が、庶民の間に広まったのは江戸時代中期。俳諧師や狂歌師たちが寝酒を句に詠むほど、市中には酒が出回り、長屋住まいの人でも晩酌を楽しむことができた。
驚かされるのは、酒の肴の多彩さだ。たくさんの屋台や刺し身屋や煮染め屋からテイクアウト可能で、町中を巡る寿司売りやかば焼き売りから肴を手に入れたり、仕出屋に出前してもらったりすることもできたという。
挿絵を見ながら、江戸のぜいたくな晩酌文化を体感してみてはいかが。
(筑摩書房 1430円)
「星降る宿の恵みごはん」小野はるか著
会社をリストラされ、ひきこもり生活を送っていた槍沢まひろは、ある日流れてきた地方の観光誘致CMを耳にして旅に出ようと思い立った。行き先は、まひろが小学生のころに母親と一緒に行った思い出のある福島県の只見町。母方の祖先の墓がある縁で夏休みに10日間ほど滞在し、地域の子と一緒に遊んだことがあったのだ。
5日間の滞在先に選んだのは、小さな民宿「ほしみ」。ストレスですっかり食欲を失っていたまひろのために、民宿の料理人兼若旦那の星時雨が、ジャガイモと山菜を使った味噌汁を作ってくれた。まひろは、やさしい味噌汁の味にたちまち癒やされていく。
豊かな自然とおいしい料理によって、沈んでいた心と疲れた体を次第に再生させていく29歳の女性の物語。人生のデトックスタイムを彩る優しい食に癒やされる。
(光文社 726円)