「ヤギの睾丸を移植した男」ポープ・ブロック著 杉田七重訳
「ヤギの睾丸を移植した男」ポープ・ブロック著 杉田七重訳
いつの時代も男性機能の保持は男の夢。100年前のアメリカに、男ごころにつけ込んで大儲けした偽医者がいた。ジョン・R・ブリンクリー。彼は勃起不全の治療法としてインチキ手術を考案し、数千人を騙した。
その手術たるや、生きたヤギから睾丸を摘出し、切開した人間の陰嚢に押し込んで縫い合わせるというもの。術後に数百人が死亡したといわれている。それにもかかわらず彼の評判は高まるばかりで、クリニックには患者がマイクロバスで押し寄せた。アメリカはなぜこんな男をのさばらせてしまったのか。危険な詐欺師の生涯をたどり、アメリカ社会の知られざる一面に切り込んだノンフィクション。
ブリンクリーは間違いなく悪党だが、天才的な戦略家で、どことなく魅力があった。草創期のラジオに目をつけ、いちはやく放送局を建設。オーナー自らDJとなって騙されやすい大衆に語りかけ、催眠術師のように怪しい医療を売り込んだ。彼の放送局は広告宣伝ツールにとどまらず、新しいカントリーミュージックを全米に届けて人気を博す。医師免許詐称の偽医者はメディア王に成り上がり、政界進出を狙うまでに増長する。
しかし、そうは問屋が卸さない。ブリンクリー許すまじと、しぶとく闘いを挑む天敵がいた。米国医師会が発行する雑誌の編集者で、モリス・フィッシュベインという。この2人が繰り広げるバトルも読みごたえがある。
著者はアトランタ出身の作家。騙す側の手練手管と、騙される側の切実さ、愚かさをユーモア交じりに描いていて、シニカルな喜劇の趣がある。当時最先端のラジオで大衆をあおり、告発や暴露記事をものともしなかったブリンクリーと、SNSを駆使して大統領になったトランプ。2人のカリスマは似ているからと、本作はロシアと韓国でも翻訳出版されている。 (国書刊行会 3190円)