元サムエル大久保伸隆さん 「ラストチャンス」封印の過去
■雷波少年がなければ「音楽業界から足を洗っていたかも」
さて、千葉県流山市出身の大久保さんは少年期、知人が持っていたアコースティックギターの影響で音楽に目覚め、96年にサムシングエルスのボーカルとしてデビュー。
98年に「雷波少年」に出演し、番組の企画で“運命の一曲”作りに挑戦した。
オリコン初登場20位以内に入らなければバンドは即解散、3人とも音楽以外の業界に転職するという厳しい条件の下、同年12月23日にシングル「ラストチャンス」をリリースする。翌99年のオリコンチャートで初登場2位、翌週1位を記録した。
その勢いで全国ツアーを成功させると、日本レコード大賞、NHK紅白歌合戦出場も果たした。
「ソロ活動を始めて今年で10年。今思うと、『雷波少年』に出て曲作りにガムシャラに没頭したあの時間がなければ、遅かれ早かれ音楽業界から足を洗っていたかもしれませんね」
ただ、現在の活躍は人気番組のおかげ、というわけでもなさそうだ。
「最近は、バンド時代や『雷波少年』でやった企画のことを全く知らない、若い子たちもライブに来るんです。『ラジオで曲を聞いてファンになりました』と言ってくれて。うれしいですね。“生涯ミュージシャン”と気負うつもりはありませんが、ファンがいる限り、歌い続けるつもりです」