恐怖のない安寧な死はある 104歳の女性患者に教えられた
ある時、ベッドの上で目を閉じているRさんに声をかけると、左指で上まぶたを上げ、目をぎょろっとさせて「お! 先生、今何時? そう、10時か。私はまだ死んでいないのか。このまま眠って死んでいいのに」と口にされました。
またある時は、「まだ生きていたか。もういいのに。苦しくもなんともないよ」と言われ、私が「お迎えが来ないと逝けないから」と話すと、「うん」とうなずかれました。
次第にRさんは目を閉じていることが多くなり、呼びかけても返答のある時とない時を繰り返すようになりました。そして、近くの公園にたくさん咲いたコスモスを冷たい小雨が揺らしている日の午後に静かに息を引き取りました。息子さんは、「私も母のような死に方をしたい」と話されました。
自然死では、恐怖のない安寧な死はあるのだ……私はそう思いました。
そして、ロシア生まれの動物学者、E・メチニコフが約110年前に書いた「生と死」に登場する、あるおばあさんの話を思い出しました。
「もしおまえが私ほど長生きすれば、死が怖くなくなるばかりか、死にたいと思うようにもなる。眠りたくなるように、死にたくなる。……明らかに、ここで精神的能力を十分に保持している100歳の老女に、発達した自然死の本能が見られた。眠りの要求に似た、それほど年をとっていない人々にはわからない新しい感情があらわれた」