野口みずきを「ストライド走法」に変えた チョコチョコ走りでは世界では戦えない
しかし、歩幅を広げれば着地の際の衝撃は大きくなり、脚への負荷も増す。身長の低い野口ならなおさらだ。野口は当初、筋力が弱かった。筋力トレーニングに反対論もあったが、大きな走りをするためには上半身の強化に合わせ、下半身を鍛えに鍛え、バネを利かせ跳ぶようなストライド走法を完成させた。
話はそれるが、19年のシカゴでB・コスゲイ(ケニア)が2時間14分4秒の世界記録を樹立。ラドクリフの記録を16年ぶりに更新した。履いていた靴は近年はやりの厚底だった。同年に駒大の大八木(弘明)監督に話を聞くと、「藤田監督、あの靴は5キロで15秒から20秒ぐらいは違います」と教えてくれた。
全盛期の野口がその靴を履けば2時間15分ぐらいで走ったのではないか。
■試走で戦略は決まった
高地のサンモリッツから、フランクフルト(ドイツ)での平地順化トレーニングを経て、アテネに入ったのは本番(8月22日)の5日前。7月上旬にコース試走をしたときは、まだ整備工事中でガタガタの所も多かった。そこを2人の男子コーチと一緒に走らせた。激しい起伏があるコースは10キロから徐々に上り始め、15キロからはさらに傾斜がきつくなり32キロまで続く。