「馬の惑星」星野博美著
「馬の惑星」星野博美著
「何かを求め、やっとの思いである場所へ行き、現地に着くと、突然どうでもよくなる、という悪い癖が私にはある」とか「その地域の本丸へ行く前に端っこへ行く、ということを私は割とよくする」なんて一文に、つい付箋を貼ってしまう。
そういえばわたしも、はるばるメキシコの遺跡に出かけて、着いた瞬間「中に入らなくてもいっか」と思ったっけ。中国には5回くらい行ったけど、本丸の北京は未踏だし。などと個人的な記憶が呼び覚まされるのだ。
星野博美さんはいつも、星野さんにしかできないやり方で世界と対峙する。本書につづられた旅もなかなかにぶっとんでいる。馬を切り口にモンゴル、スペイン、モロッコ、トルコを巡る、そのスケールの大きさよ。しかも当初は馬を愛でていた著者が、途中からその背にまたがっているのだ。ノンフィクション作家は馬上にいる! 独特の味わいにページをめくる手が止まらなくなる。
モンゴル帝国やオスマントルコ、レコンキスタなど世界史好きの心をくすぐる記述にも付箋を貼りまくる。そして冒頭に引用したような自身の旅のスタイルにさらっと触れている箇所に出合うと、「付箋、付箋!」と、にわかに手が忙しくなるのだった。
馬に揺られる著者に導かれてたどり着く最終章が「遊牧民のオリンピック」。これがもうめくるめく世界。ヤギの死体を奪い合い、ゴールに投げ入れる馬上競技「コクボル」なんて初めて知った。キルギスではコクボルが国技でプロリーグまであるという。この惑星のディープさに胸が躍る。
(集英社 2200円)