世紀の逆転劇ドレフュス事件を描く
「オフィサー・アンド・スパイ」
世界中で吹き荒れる人種差別の嵐。共通するのは差別主義者が「危機感」を口にすることだ。“わが国の伝統が異人種に脅かされている”といったアレである。トランプだけじゃない。フランスではルペンが、ハンガリーでは首相のオルバンが、そして日本ではアベが、似たようなことを言い放ってきた。
しかしそれがいまに始まった話でないことを改めて考えさせるのが来週末公開の「オフィサー・アンド・スパイ」。19世紀末にフランス陸軍を舞台に起こったドレフュス事件の史実を描く映画である。
監督は未成年少女の強姦疑惑など数々の醜聞に見舞われながらも、幼少期のポーランドで受けた苛烈なユダヤ人差別に由来する独特の作風で映画界を生き延びてきたロマン・ポランスキーだ。
ドレフュス事件は仏陸軍のエリート大尉ドレフュスが、ユダヤ人であるせいでスパイ容疑をかけられ、軍籍剥奪と遠島送りの辱めを受けながらも抗議を貫き、ついに名誉回復を達成した有名な事件。
カンヌ映画祭最高賞の「戦場のピアニスト」と同じく、ポランスキーはこういう題材ではケレン味を控え、誤解の余地ない丁寧な語りに徹する。モネの絵画「草上の昼食」を手本にしたのだろう風景描写など、暗い話ながら見た目の美しさもあふれている。
事件の際、フランスでは文豪ゾラが大統領に抗議の書簡を送り、共和国の名誉に泥を塗る恥辱と告発した。他方、日本では幸徳秋水に冤罪をかけた大逆事件に文学者は沈黙。ここに注目し、ゾラを敬愛した永井荷風とドレフュス事件・大逆事件の関わりを論じたのが菊谷和宏著「『社会』のない国、日本」(講談社 1815円)だ。「共生社会」と口先だけ唱えながらも真に「自由に多様に生きる」ことを許さない日本への、社会学者の異議申し立てである。
<生井英考>