日本サッカーの現在地…このままでは世界から取り残される
フランスの20年ぶり2回目の優勝で幕を閉じたW杯ロシア大会から約1カ月、日本サッカーは新たに森保一監督(49)を迎えて再スタートを切ることになった。“森保ジャパン”の初陣となった14日のアジア大会初戦はネパールに1―0で勝利。21歳以下の東京五輪世代が“初勝利”をプレゼントしたが、今後の日本サッカーを考える上でロシアW杯の総括は欠かすことができない。
本大会2カ月前にハリルホジッチ監督が解任され、急きょ、日本サッカー協会(JFA)技術委員会の西野朗委員長(63)を後釜に据えて臨んだ6度目のW杯。日本代表はGK川島、MF本田ら知名度の高いベテランを主軸にし、「おっさんジャパン」「忖度ジャパン」とヤユされながら、決勝トーナメントに進出。ラウンド16(1回戦)でベルギーに惜敗したものの、前評判以上の成績に日本国内は西野ジャパン人気に沸き上がった。しかし、ロシア大会の「1勝2敗1分け」という結果は、果たして成功と言えるのか?
ブンデスリーガ1部クラブでコーチ経験のある鈴木良平氏、ロシアW杯で現地取材を行ったサッカーダイジェスト元編集長の六川亨氏とワールドサッカーグラフィック元編集長の中山淳氏の3人の論客が、ロシアW杯を振り返りながら西野ジャパンをシビアに検証し、そして日本サッカーの現在地を探る。
■中山「商業的成功と日本サッカーの成功は別」
六川「1次リーグの初戦コロンビア戦は、前半5分に相手MFがハンドで退場。PKをMF香川が決めて先制しました」
中山「ロシアW杯4試合で唯一の勝利は『85分を1人少ない10人で戦った相手』から得たものでした。西野ジャパンは<商業的には成功>したといわれますが、日本サッカー自体の成功と捉えるのは慎むべきでしょう」
鈴木「1次リーグ3戦目のポーランド戦で先発を6人変更。0―1から試合終盤にボールを回して<負けても1次リーグ突破>を選択した。ベストメンバーで勝ち点3を取りに行くべきだった」
【同時刻開始の他試合はコロンビアが、セネガルから後半29分に1点を先制。スコアがそのままなら、日本は1次リーグの2位通過が決定。西野監督はボールを回して時間稼ぎを指示。その選択に賛否両論あった】
六川「結局、1次リーグ突破は結果オーライに過ぎず、ラウンド16でベルギーから2点を取って善戦したことが美談として語られ、西野ジャパンはよく頑張ったよね! で済まされてしまった」
中山「たとえば10年南アW杯は、ラウンド16でパラグアイ相手に延長にもつれ、最後はPK戦で敗退した。ロシアで日本代表は、ラウンド16で<90分で敗退>したので南アW杯以下の結果だったということになります」
鈴木「何よりもロシアでの4試合をきっちり検証することが必要となる」
■六川「結果オーライが美談として済まされてしまった」
中山「急造チームでW杯に臨み、ラッキーが重なって決勝Tに進んだことで前監督の解任理由は正しいのか? JFAの技術委員長が後任に就いたことは非常識ではないのか? などのことが曖昧になってしまいました」
六川「西野監督の選手選びも<先の見えない>ものでした。ポルトガルのFW中島やベルギーのFW久保を選んでいたら4年後のカタールW杯にもつながったと思います」
鈴木「継続性が考えられていない。ベストメンバーに加えて次代の日本代表の中心となり得る若手を入れるべきだった」
■鈴木「アフリカや南米の若手選手を日本で育て、日本代表の戦力に組み入れることも考えないと」
中山「ロシアW杯のベスト4(フランス、クロアチア、ベルギー、イングランド)でクロアチア以外の3カ国は<育成>に力を注ぎ、まいた種がロシアで実を結びました」
鈴木「その育成について言及すると、特に優勝したフランスは<アフリカにルーツを持つ若手>を自国のアカデミーで育て上げ、彼らの武器であるフィジカル、スピードを最大限に活用した」
六川「ベルギー、イングランドにもアフリカ系の選手が目立った。しかし日本を含めた東アジア諸国は、どうしても<ブラジル人選手の帰化>頼みになってしまっている。こうした現状では、W杯で東アジア勢が勝ち上がることは絶望的となる」
鈴木「大胆な提言をしてみたい。アフリカ、南米出身の若手選手を日本に招き、それこそ生活面の面倒も見ながら福島のJヴィレッジでサッカーに専念してもらい、国籍問題などをクリアした上で日本代表の戦力として組み入れる――といった方法論も考えてみたい」
六川「ロシアW杯の大きな出来事のひとつに前回大会の覇者だったドイツの惨敗が挙げられます」
鈴木「世界王者を維持するためにモチベーションを高く保ち、そのために何をすべきか、目標設定の難しさを教えられました。ドイツの場合、前回大会の主軸に頼り過ぎた面があった。最終メンバーにマンチェスターCの英プレミア制覇に貢献した22歳FWザネを外してドイツ国内でも物議を醸したが、もし才能豊かな彼がいたら、終盤の10分でチームを救うこともできた。しかしドイツ人は<失敗を認めて改善点を探り、そんなに時間をかけないでレベルアップする>だけのメンタリティーを有している。必ず復活を遂げるはずだ」
(つづく)
※紙面に収録できなかった部分を含めたトーク動画を、YouTube「日刊ゲンダイ公式チャンネル」で公開中です。
▼鈴木良平(すずき・りょうへい)
1949年、東京都生まれ。東海大卒業後の1973年、ドイツの名門ボルシアMGにコーチ留学。名将バイスバイラーの薫陶を受け、最上級ライセンスのS級ライセンスを日本人として初取得。84-85年シーズンのドイツ1部ビーレフェルトのヘッドコーチ兼ユース監督。なでしこジャパン初代専任監督。98年福岡ヘッドコーチ。現在も、ブンデスリーガを中心にサッカー解説者として活躍中。
▼六川 亨(ろくかわ・とおる)
1957年、東京都生まれ。「週刊サッカーダイジェスト」の編集長や、「CALCIO2002」、「プレミアシップマガジン」、「サッカーズ」の編集長を歴任。現在はフリージャーナリストとして、Jリーグや日本代表をはじめ、世界中の大会で精力的に取材活動を行う。日本サッカーの暗黒時代からJリーグ誕生、日本代表のW杯初出場などを見続ける。
▼中山 淳(なかやま・あつし)
1970年、山梨県甲府市生まれ。明治学院大学卒業後、「ワールドサッカーグラフィック」誌編集部に入り、編集長を経て2005年に独立。さまざまな媒体に寄稿するほか、CS放送のサッカー番組にも出演。雑誌、書籍、ウエブなどを制作する有限会社アルマンド代表。同社発行の「フットボールライフ・ゼロ」の編集発行人でもある。