サッカー選手“フライデー第1号”のモテ男 都並敏史さんは今
Jリーグがスタートして26年。今やサッカーは日本でも野球と並ぶ人気プロスポーツとなり、海外で活躍する日本人選手も増えた。そのJリーグの草創期に、日本代表の左サイドバックとして活躍したのが都並敏史さん。現役引退後は解説などで活躍していたが、今どうしているのか。
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都並さんに会ったのは、JR新浦安駅から車で約10分の社会人サッカークラブ「ブリオベッカ浦安」事務局。
「今年からブリオベッカ浦安の監督を務めています。ここが社会人クラブに発展する前の、浦安JSCという少年団だった30年前からコーチとして関わり、5年前からテクニカルディレクターを務めていました。浦安との関わりは長いんですよ」
真っ黒に日焼けした都並さん、まずはこう言った。解説は2カ月に1回、サッカー番組「FOOT×BRAIN」(テレビ東京系)などで続けているが、本業は監督業。火曜から金曜まで、朝5時起きで浦安市運動公園で選手を指導している。
「朝7時半にまずこの事務局に来てミーティングして、その後、グラウンドに移動して11時半まで練習。午後はほとんどの選手がスポンサー企業などで仕事をさせていただいているので、僕は午後は翌日の練習の準備をしたり、クラブの育成について打ち合わせをしたり。夜はスポンサーさまと会食が入ったりしますが、10時には寝てます、ハハハ。週末は試合で、遠方の時は、僕も交代で選手の乗るマイクロバスを運転しますし、休日は選手への差し入れを買ったり、マクドナルドにパソコンを持ち込み3~4時間、自分たちのチームや相手チームの試合の映像を見て、メモを取りながら分析したり……」